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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)204号 判決

原告 龍村商工株式会社

被告 株式会社龍村美術織物

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

「特許庁が昭和三六年審判第七四号および同第七五号各事件についていずれも昭和三七年一〇月一二日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一、原告は、別紙(一)(A)記載のとおり、「TATSUMURA」および「SILK」の両ローマ字を二段に横書きにし、その下に円形に表現した唐草の図形を配して成り、そのうち「TATSUMURA」の文字自体については権利を要求しない旨申し出で、指定商品を旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条第三〇類絹織物とし、昭和三一年一一月一六日登録出願、昭和三三年五月二日登録にかかる登録第五一九七八二号商標(以下本件(A)商標という。)および別紙(一)(B)記載のとおり、本件(A)商標と同一の構成を有し、同様の権利不要求の申出をし、指定商品を旧商標法施行規則第一五条第三四類(昭和三二年通商産業省令第二号による改正前のもの)絹交織物および絹混紡織物とし、本件(A)商標と同一の各日に登録出願および登録された登録第五一九七八三号商標(以下本件(B)商標という。)の各権利者であるところ、被告は、本件(A)(B)両商標について、いずれも、昭和三六年二月一三日特許庁に対し、登録無効の審判を請求し、昭和三六年審判第七四号および同第七五号各事件として審理された結果、昭和三七年一〇月一二日右各商標の登録を無効とする旨の審決がそれぞれされ、右各審決の謄本は、いずれも同月二一日原告に送達された。

二、本件各審決の理由の要旨は、つぎのとおりである。すなわち、右各審決は、別紙(二)記載のとおり、「龍村製」の漢字を行書体で縦書きにして成り、旧商標法施行規則第一五条第三〇類絹織物を指定商品とし、昭和一七年四月三〇日登録出願、昭和一九年四月一〇日登録にかかる登録第三六二四六二号商標(以下引用商標という。)を引用し、これを本件(A)(B)両商標と対比し、まず、本件(A)(B)両商標については、いずれも、その上部に顕著に左横書きされた「TATSUMURA」の文字がその指定商品について有り触れて使用されているとの事実が認められないから、これが自他商品識別の機能を有するいわゆる商標の要部をなすものというべきであり、これから「タツムラ」印の称呼を生ずるものと解するのが正当であるところ、一方、引用商標からも「タツムラ」印の称呼を生ずることが明らかであり、したがつて、本件(A)(B)両商標は、引用商標と「タツムラ」印の称呼を同一にする類似の商標と認められ、かつ、その指定商品においても明らかに抵触しているので、結局、本件(A)(B)両商標の登録は、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第二条第一項第九号の規定に違背してされたものとして同法第一六条第一項第一号の規定により無効とされるべきものであるというのである。

三、けれども、本件各審決は、つぎのとおり判断を誤つた違法があり取消されるべきである。

1、本件(A)(B)両商標における「TATSUMURA」の文字は氏の名称であるから特別顕著性がないにもかかわらず、審決が、特にこれを重要視し、この文字だけから、右両商標の称呼が「タツムラ」であるとしたのは、判断を誤つたものである。

そして、本件(A)(B)両商標について、特別顕著性のない右「TATSUMURA」の文字部分を除外して考えるときは、本件(A)(B)両商標は、いずれも、顕著に表示された唐草模様がその要部となり、引用商標と外観において全く異なるのはいうまでもなく、また、その称呼および観念についても唐草印とするのが自然であるから、引用商標の称呼および観念と異なることが明らかである。

2、仮に、本件(A)(B)両商標が右「TATSUMURA」の文字部分を含めた態様のものであるとしても、本件(A)(B)両商標と引用商標とは、顕著に表示された唐草模様の存否および漢字とローマ字との差異により、外観上明白に相違し、かつ、称呼および観念においても、前者は「タツムラシルク唐草印」または「唐草印のタツムラシルク」と称呼および観念されるから、後者とは何ら類似していない。

したがつて、本件(A)(B)両商標が引用商標に類似するものとした本件審決は、経験法則に違背した違法のものである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一、主文同旨の判決を求める。

二、請求原因第一、二項の事実(引用商標の構成、指定商品および登録出願、登録の各日の点を含む。)は認める。同第三項の点は争う。

1、本件(A)(B)両商標における「TATSUMURA」に係る「龍村」なる氏姓は、その指定商品との関係において一般に使用されている有り触れた氏姓ではない。

原告は、本件(A)(B)両商標中の「TATSUMURA」の文字に特別顕著性がないことを前提とし、この部分を商標類否判定の対象から除外しようとするけれども、本件(A)(B)両商標の構成(ことに、「TATSUMURA」の文字は特に大きく書かれ、「SILK」はその中央下方に小さく付記的に書かれている。)において「TATSUMURA」の文字がきわめて顕著に表示されている以上、これをもつて本件(A)(B)両商標の要部というべきであるから、これより「タツムラ」の称呼および観念が生じうるものというべきである。一方、引用商標の要部がその構成上「龍村」の文字にあることは明白であるから、引用商標は、「タツムラ」の称呼および観念を有するものということができ、したがつて、本件(A)(B)両商標は、引用商標と「タツムラ」の称呼および観念を共通にするものといわなければならず、かつ、その指定商品もたがいに類似している以上、その登録は、本件審決掲記の各規定により無効とされるべきものである。

2、また、原告は、「TATSUMURA」の文字部分が本件(A)(B)両商標の要部をなすとしても、その称呼および観念はただ「タツムラシルク唐草印」または「唐草印タツムラシルク」であると主張する。けれども、右商標の構成と迅速をとうとぶ取引の実情とに徴し、右のような冗長繁雑な称呼等が生ずるとするのは、むしろ不自然であり、「タツムラ」の称呼および観念を生ずるとするのが正当である。

しかも、本件(A)(B)両商標は、「TATSUMURA」および「SHOKO」の両ローマ字を二段に横書きにして成る登録第四九六九一三号商標に連合すべきものとして登録されたものであるが、この点よりみても、これら一連の商標がすべて「タツムラ」の称呼および観念を共通にし、これを前提としていることが明らかである。なお、本件(A)(B)両商標において「TATSUMURA」の文字自体について権利不要求の申出がされていることは、連合商標本来の意義からして背理矛盾であるというのほかはない。

原告の本訴請求は、失当として棄却されるべきである。

第四証拠〈省略〉

理由

一、特許庁における本件審判手続の経緯、本件(A)(B)両商標および引用商標のそれぞれ構成、指定商品および登録出願、登録の各日ならびに本件各審決の理由の要旨についての請求原因第一、二項の事実は、すべて当事者間に争がない。

二、1、ところで、まず、本件(A)(B)両商標についてみるのに、本件(A)(B)両商標は、いずれも、別紙(一)の(A)(B)記載のとおり、縦、横および斜め各十文字四方向の直径をもつて線対称になるように、唐草文等を、円形に表現した図形の上方に、ローマン体キヤピタルレターで「TATSUMURA」の欧文字を右円の直径よりやや長く横書きにし、この欧文字と右図形との中間中央に、右欧文字の約四分の一の大きさのゴシツク体キヤピタルレターで小さく「SILK」の欧文字を横書きにして成るものである。

商標が前示のような図形および文字で構成されている場合、取引者や需要者がこの商標を使用した商品を認識し指示するに当つては、右図形および文字をもつて構成される商標全体によつて、あるいはまた、右商標中の相当部分を占める唐草文の図形によつてすることがあるであろうことは、推測するに難くないけれども、それと同時に、右図形の上部に記載されている文字、ことに大きくはつきりと記載されている「TATSUMURA」の表示によつてこれを認識し、ひいて、右商品を指称するのに単に「TATSUMURA」の文字から生ずる「タツムラ」の称呼だけを使用することも決して少くないことは、

(一)  本件(A)(B)両商標においては、文字と図形とが、それ自体としては、それぞれ独立した関連のない意味をもつたものであり、したがつて、両者が相まつてはじめて一個の観念を生ずるというような結合にかかる商標ではないこと

(二)  本件(A)(B)両商標における唐草文の図形は、相当に細かくいわば精ちな文様であつて、これを見て称呼しようとする場合何と称呼するのが適切かと考えさせられる種類のものといえるのに対し、文字の部分は、きわめてたやすく読み取り称呼できるものであること

(三)  さらに、文字の部分「TATSUMURA SILK」についてみると、そのうち「TATSUMURA」(タツムラ、龍村)は、これが比較的特別な固有名詞であることをたやすく想起させ、しかも、これが大きくはつきり表示されているのに対し、「SILK」は、ことに段を改め小さく表示されていて、商標が使用される指定商品ないしその素材を示すものと解されやすく、有り触れた語であり、このことからひいて、聴者または看者に対しては、「TATSUMURA」の語は「SILK」の語よりはるかに強い印象を与えるものとするのが自然であること、そのうえ、「龍村」(タツムラ)の名辞が本件(A)(B)両商標の指定商品との関連において親しみ深く記憶しやすければ、それだけ、右「SILK」の語は、「TATSUMURA」の語に比し回想性ないし連想性が薄くなると考えられること

(四)  本来右「TATSUMURA」の語が、「SILK」の語と一体不可分に結合すべき格別の理由はなく、両者は、それぞれ独立のものが前示のとおり併記されていること

(五)  簡易迅速を旨とする商取引の実際においては、常に、商標の構成をその図形および文字の全体にわたりいちいち摘出して冗長をいとわず正確に称呼したり、文字部分全体をそのままに称呼したりするとはいえず、むしろ多く、商標の顕著な部分である要部によつて略称する傾向を有するものであること

などを考え合わせるときは、容易に了解しうるところである。ところで、原告は、「TATSUMURA」の文字は氏の名称であるから特別顕著性がなく、単にこの部分から本件(A)(B)両商標の称呼は生じない旨主張するけれども、氏の名称が氏の名称であるが故に、ただちにいわゆる特別顕著性を欠くとすることができないのはいうまでもないところ、本件(A)(B)両商標の構成についての前示認定事実によれば、これら両商標において、「TATSUMURA」の部分が特にみる者の注意をひきやすく、かつ、そのように意図して構成されているものと認めることができ、さらに成立について争のない甲第三、四号証(昭和一七年四月三〇日登録出願、昭和一九年四月一〇日登録の引用商標についての公報および証明書)および弁論の全趣旨によれば、「龍村」「タツムラ」の名称ないし表示は世人ことに右商標の指定商品の取引者需要者の注意をひくに足りその商品の出所の識別力を十分有していることが認められる。そして、以上の認定事実に、「龍村」が世上類例の多い氏の名称とも認め難いことを合わせ考えると、本件(A)(B)両商標における「TATSUMURA」の部分は、同商標の要部に属し、本件に適用のある旧商標法第一条第二項にいう特別顕著性を具えているものということができるから、原告の右主張は、失当といわざるをえない。

そして、商標の要部は、商標の類否の判定に当り考慮の対象となり、それよりそれに応じた称呼等の生ずべきことももちろんであるし、また、以上の判断は、「TATSUMURA」の文字自体について権利不要求の申出がされていることによつて異なるものでないこともいうまでもないから、結局、本件各審決が本件(A)(B)両商標について「タツムラ」の称呼が生ずるものとしたのは相当であり、この点について原告主張のような判断の誤りは認められない。

2、つぎに、引用商標は、本件(A)(B)両商標出願前の登録出願および登録にかかるものであり、別紙(二)記載のとおり、「龍村製」の漢字を行書体で縦書きにして成るものであるところ、そのうち「製」は、通常右「龍村」が指定商品の製造元である意を表示するための付記的文字に過ぎず、したがつて、引用商標の要部は「龍村」であることが明らかであるから、引用商標から単に「タツムラ」と称呼を生ずべきことは、みやすいところである。

三、右のとおりである以上、原告が本件各審決を違法であるとして主張するところは、以上に直接判断したもののほか、すべてこれを採用できないことが明らかであり、本件(A)(B)両商標は、その外観および観念の点に及んで判断するまでもなく、引用商標と「タツムラ」の称呼を共通にする類似の商標であるといわなければならず、しかも、両者は、その指定商品においてもたがいに類似するものであることが明らかであるから、本件(A)(B)両商標についてその登録が旧商標法第二条第一項第九号の規定に違背してされたものであり、同法第一六条第一項第一号の規定によりこれを無効とすべきものとした本件各審決は、相当であり、その取消を求める原告の本訴各請求は、いずれも理由がないので、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 入山実 荒木秀一)

別紙(一)

(A) 登録第五一九七八二号商標

(本件(A)商標)〈省略〉

(B) 登録第五一九七八三号商標

(本件(B)商標)〈省略〉

別紙(二)

登録第三六二四六二号商標

(引用商標)〈省略〉

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